きっかけ
最初は、ダンスのためだった。
少し前からダンススクールに通い始めた。
せっかく始めるなら、少しでも体を動かしやすくしたい。
そう思って、ストレッチも始めた。
目的はあくまでダンス。
体が硬いから、少し柔らかくなればいい。
最初はそんな程度だった。
ところが、続けているうちに、少しずつ気持ちが変わってきた。
気がつけば、ダンスよりストレッチのほうを楽しみにしている。
「今日はここまで伸びた」
「前より少し開くようになった」
そんな小さな変化が、思った以上に面白い。
いつの間にか、ダンスのために始めたストレッチが、ひとつの楽しみになっていた。
目的のために始めたことが、別の楽しみになる
大人になってから何かを始めるときは、目的を決めてから始めることが多い。
健康のため。
運動不足解消のため。
老後のため。
ダンスがうまくなるため。
今回の自分にとって、ストレッチもそうだった。
「ダンスのために必要だからやる」
それだけだった。
でも、実際にやってみると、目的とは別のところに面白さがあった。
体をゆっくり伸ばす。
昨日より少し動く。
以前は届かなかったところに、ほんの少し近づく。
劇的な変化ではない。
けれど、自分の体の変化を自分で感じられる。
50代になると、こういう小さな変化が妙にうれしかったりする。
若いころなら気にもしなかったことなのに、
「昨日より少し柔らかい」
だけで、ちょっと得した気分になる。
「上達」だけが楽しさではない
ダンスの場合、どうしても周りと比べる場面がある。
振り付けを覚える。
リズムに合わせる。
うまく踊れるようになる。
もちろん、それも楽しい。
でも、なかなか思うようにいかない日もある。
そんなとき、ストレッチは少し違う。
誰かと競う必要がない。
うまくできなくても困らない。
その日の自分の体と向き合えばいい。
「今日はここまで」
それで終わってもいい。
昨日より少しできたら、それだけで十分。
50代になると、こういう「自分との比較」で楽しめるものが、案外心地いいのかもしれない。
人と比べて落ち込むより、
「前よりちょっとできる」
を楽しむ。
それだけでも、続ける理由になる。
ダンスが「息抜き」になった
面白いのは、いつの間にか立場が逆になったことだ。
最初は、
ダンスのためにストレッチをする。
だった。
今は、
ストレッチの合間にダンスをする。
そんな感覚になっている。
もちろん、ダンスを嫌いになったわけではない。
むしろ、ストレッチばかりやっていると、たまには音楽に合わせて体を動かしたくなる。
そうするとダンスがちょうどいい。
「今日はストレッチばかりだったから、ちょっと踊ってみよう」
そんな感じだ。
最初に考えていた目的とは、ずいぶん違う形になった。
でも、それでいいのだと思う。
50代になると、趣味の形も変わっていく
若いころは、一度決めたことを続けることが大切だと思っていた。
始めたからには上達しなければ。
最初に決めた目的を達成しなければ。
そんな気持ちもあった。
でも、50代になってみると、少し考え方が変わってくる。
始めてみたら、思っていたものと違った。
それでもいい。
途中で興味が別の方向に向いてもいい。
「本当はダンスのために始めたのに、ストレッチのほうが好きになった」
そんなことがあってもいい。
むしろ、始めたからこそ新しい楽しみを見つけられた。
それなら、それは失敗ではない。
新しいことを始めると、思わぬものに出会う
今回、最初にダンスを始めなければ、ストレッチを始めることもなかった。
そして、ストレッチを始めなければ、
「体を動かすことって、こんなに面白かったんだ」
と思うこともなかったかもしれない。
人生は、最初に考えた目的どおりに進むとは限らない。
50代になってから始めた趣味なら、なおさらそうなのかもしれない。
やってみたら、別のものが好きになる。
思っていたより簡単だったり、逆に難しかったりする。
そこでまた別の楽しみを見つける。
そんな寄り道も、悪くない。
ダンスを始めた。
そのおかげでストレッチに出会った。
そして今は、ストレッチに夢中になっている。
それでも、ダンスには通っている。
考えてみれば、なかなか贅沢な話だ。
ひとつ始めたら、楽しみがひとつ増えた。
それくらいの気持ちで、これからも続けていけばいいのだと思う。
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※この記事の本文は筆者が執筆した実体験・感想をもとにしており、読みやすさ・構成の整理のため、AIによる文章補助を一部使用しています。
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