ある日、冷蔵庫が静かになった
朝、いつものようにコーヒーを入れようとして気づいた。
冷蔵庫の音がしない。
扉を開ける。
少しぬるい。
何度か開け閉めしてみる。
コンセントを確認してみる。
でも、変わらない。
どうやら本当に壊れたらしい。
その瞬間、頭に浮かぶのは修理代や買い替え費用だった。
若い頃なら、それでも何とかなると思えた。
けれど50代になると、少し違う。
家電が壊れる。
親のことで急にお金が必要になる。
冠婚葬祭の連絡が入る。
人生には、予定表に載らない出来事が思っていたより多い。
そんなことを感じるようになった。
毎月の生活費だけでは測れないもの
家計簿には毎月の数字が並ぶ。
家賃。
食費。
光熱費。
通信費。
だいたい同じような金額が続いていく。
だから暮らしは予測できるものだと思ってしまう。
けれど実際は違う。
本当に大きなお金は、たいてい予定外の顔をしてやってくる。
しかも忘れた頃に。
だから不思議だ。
毎月の支出は把握していても、将来に漠然とした不安が残ることがある。
その不安の正体は、生活費そのものではなく、「まだ見えていない出費」なのかもしれない。
備えたいのはお金よりも気持ちなのかもしれない
予備費という言葉を聞くと、お金の話に聞こえる。
もちろん実際にはお金の話だ。
でも、最近は少し違う気もしている。
予備費があることで守られるのは通帳の残高だけではない。
突然の出来事が起きたとき、
「どうしよう」
ではなく、
「ここから出せるかもしれない」
と思える気持ち。
その安心感のほうが大きいのではないだろうか。
人生は思ったより予定通りに進まない。
だからこそ、少しだけ余白を持っておく。
予備費とは、そんな暮らしの余白なのかもしれない。
想定外が来ることを前提にする
若い頃は、
「何も起きなければいい」
と思っていた。
けれど今は、
「何かは起きるだろう」
と思うようになった。
それは悲観ではない。
経験から生まれた感覚に近い。
壊れるものは壊れる。
予定外の連絡も来る。
体力も少しずつ変わる。
だから、何も起きない未来を期待するより、何か起きても慌てない準備のほうが現実的なのかもしれない。
まとめ
50代の一人暮らしを続けていると、予定外の出来事は少しずつ増えていく。
それは不安なことでもあるけれど、特別なことではない気もする。
みんな表には出さないだけで、それぞれの想定外を抱えながら暮らしている。
予備費は、そのためのお金。
でも同時に、
「大丈夫、慌てなくていい」
と自分に言うための安心材料でもある。
人生から予定外をなくすことはできない。
ただ、少しだけ余白を持つことはできるのかもしれない。
予定外の出来事に備えたいと思ったときは、実際にどのくらい準備しておくとよいのか気になることもあります。
予備費の目安や考え方については、こちらの記事でまとめています。
→ 50代一人暮らし、生活費が少し気になり始めたときに
