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💭海辺のベンチで過去を許す|50代、独りから始まる物語 第9話

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50代、独りから始まる物語

🌅 冬の海へ向かう朝

平日の午前、ふと思い立って海へ向かった。
目的なんてなかった。ただ、胸の奥に重く沈んでいる何かを、風に当ててみたかっただけだ。
電車に揺られ、バスに乗り換え、海岸沿いの道を歩く。

空は淡い青で、ところどころ薄い雲がかかっていた。
冬の光は夏と違って優しい。照りつけることもなく、静かに景色を照らすだけだ。
その柔らかさに、心も少しずつ緩む気がした。

海沿いの遊歩道に着くと、風が頬をかすめた。
冷たいのに、痛くはない。
まるで「大丈夫だよ」と言われているような優しさがあった。


🌊 ベンチと波の音

遊歩道の先に、小さなベンチがあった。
誰も座っていない。
それだけで、なんだか自分のためだけに用意されている気がした。

ベンチに腰を下ろすと、海が広がって見えた。
波が寄せては返し、白い泡を残して引いていく。
そのリズムは、ずっと昔から変わらず続いているはずなのに、今日の波は少し違って見えた。

「ずいぶん遠くまで来たな」
自分の人生のことを言っているのか、海のことを言っているのか分からない。

波の音を聞いているうちに、心の奥から何かがゆっくり浮かび上がってきた。
忘れたふりをしていた気持ち、目をそらしていた後悔、
そして、ずっと自分を苦しめていた“過去の自分”の姿。


🕊️ 過去を見つめ直す

波が砂浜をさらうように、記憶が静かに心を洗っていく。
思い出すのは、若いころの自分。
仕事がうまくいかなかった時、誰にも相談できなくて空回りしていた日々。
いらない強がりばかりで、本音で生きられず、人との距離を自分でつくってしまった。

あの頃の自分は多分、必死だった。
ただ、生き延びたくて、恥をかきたくなくて、
心が壊れないように守っていただけだったのかもしれない。

「苦しかっただろうな」
そう思った瞬間、胸の奥がじんと熱くなった。

許したくない相手がいた。
迷惑をかけた相手もいた。
そして、自分自身に対しても、深い失望を抱えていた。

でも海の前に座っていると、どれも大したことじゃない気がしてくる。
誰だって、間違える。
誰だって、迷う。
完璧に生きられる人なんていない。

波は誰の名前も呼ばず、誰の傷も責めない。
ただ寄せてくるだけだ。


🌤 許すという、静かな行為

ベンチにもたれながら、ゆっくりと深呼吸をした。
海風が肺の奥まで届く。

「もういいよ」
その言葉は誰に向けたものだったのだろう。
過去の自分か。
許せなかった相手か。
それとも、今の自分か。

分からないけれど、声に出した瞬間、
ずっと重かった荷物がすっと軽くなった気がした。

海は何も変わらずそこにあるのに、
自分だけが少し変わった気がする。

許すというのは、相手のためじゃない。
自分がこれ以上苦しまないための“解放”なんだ。

波を見ているうちに、それがようやく理解できた。


☕ 温かい飲み物と、新しい時間

海沿いの売店でホットレモンを買い、ベンチに戻った。
温かい紙コップを両手で包むと、体の冷たさがゆっくり溶けていく。
甘さと酸味が、疲れた心にじんわりしみた。

冬の海は、どこか寂しいけれど、決して暗くはない。
人が少ない分、海本来の声がよく聞こえる。
その静けさが、今の自分にはちょうどよかった。

遠くで釣り人が竿を振り、
砂浜では小さな子どもが貝殻を拾っている。
どれも、穏やかな“生活の風景”。

自分の人生も、
こんなふうに静かでよかったのかもしれない。
激しくなくていい。
派手じゃなくていい。
ただ、自分のペースで進めばいい。

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🌱 まとめ ― 海がくれた答え

ベンチから立ち上がり、海をもう一度振り返る。
波は相変わらず、淡々と寄せては返している。
でも、さっきよりも眩しく見えた。

「許す」という行為は、
涙が出るほど劇的なものではない。
誰かに褒められるものでもない。

それは、
“静かに、心の奥で扉が開く瞬間”
みたいなものだ。

過去は消えない。
後悔も消えない。
でも、それを抱えたままでも前に進める。
今日、海はそれを教えてくれた。

帰り道、胸の奥が不思議なほど軽かった。
まるで、長い旅を終えて、ようやく深く息ができたような気分だった。

――許すことは、自分を自由にすることだった。


🕯️ エンディングメッセージ

海は過去を洗い流さない。
けれど、人の心を静かに整えてくれる。
赦すことは、忘れることじゃない。
“もう自分を苦しめない”と決めることだ。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


🪷 心の四季 ― シリーズ全体の地図

第1〜5話=心の冬(停滞・苦悩)/ 第6〜10話=心の春(癒し・受容・再出発)

この章の位置:第9話=「受容(許す)

心理の連なり:
停滞 → 苦悩 → 癒し → 受容 → 再出発 → 解放 → 再起 → 受容 → 安心

各話は独立しつつも、全体では「心の冬」から「心の春」へ滑らかに移行する構造です。
自分が今どの季節に近いかを感じながら読むと、物語がより自分ごととして響きます。

⌛次の記事は今、静かに仕上げているところです。
もう少しだけ待っていてください。準備が整い次第、ここにリンクを置きます。

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