家にいる予定だった午後
休みの日の午後。
本当は家でのんびり過ごす予定だった。
少し疲れも残っていたし、無理に出かける理由もない。
コーヒーでも飲みながら、ゆっくりブログを書いて終わる休日でもよかった。
しかし、その日は朝から妙に天気がよかった。
窓を開けると空気がもう初夏の匂いで、じっとしているのがもったいなく感じる。
「これは走れるな」
そう思って、久しぶりに自転車で出かけることにした。
去年の秋から冬にかけては、寒さでほとんど遠出していなかった。
通勤では毎日乗っているが、“走りに行くための自転車”とは少し違う。
冬の間は、その代わりによく電車に乗った。
たまにしか乗らない路線に乗り、知らない駅で降りる。
特に目的もなく歩き回る、いわば“駅散歩”だ。
それはそれで楽しかった。
自転車は「流れていく景色」を見る乗り物だが、電車と徒歩は「止まっている景色」を見る時間でもある。
同じ街でも、移動手段が変わると見えるものが変わる。
そんなことを感じた冬だった。
ただ、気温が上がってくると話は別だ。
暑くなってくると、やはりペダルを回したくなる。
身体が勝手に「そろそろ走る季節だ」と思い出すのかもしれない。
法改正後、初めての長距離サイクリング
今年の遠出は、4月からの法改正後では初めてだった。
ニュースでもかなり話題になっていたので、少し気にはなっていた。
「車道を走るのが怖い」
そんな声をよく見かける。
これについては、自転車に乗る人間としてもよくわかる。
自分は比較的、車道を走ることに抵抗がない。
長年乗っているので慣れている部分もある。
しかし、小さい子どもを乗せて走る親御さんや、普段あまり乗らない人からしたら恐怖感があるのは当然だと思う。
横を車が通るだけでも緊張する。
特に交通量の多い道路では、その怖さはかなり大きい。
一方で、自転車側からすると、後ろにずっと車が張り付いているほうが怖いこともある。
「抜けるなら早く抜いてほしい」
そう思う場面は正直ある。
もちろん、追い抜き時のルールや安全確認は大切だ。
ただ、現場では理屈通りにいかない瞬間も多い。
だから結局、最後はお互いの“余裕”が大事になるのだと思う。
車も、自転車も、歩行者も。
「自分が正しい」だけで動き始めると危ない。
少しだけ相手を気にする。
たぶん交通って、その積み重ねで成り立っている。
久しぶりに走ると、やっぱり気持ちいい
久しぶりに長い距離を走ると、やはり気持ちがいい。
風を受けながら走っていると、頭の中に溜まっていたものが少しずつ抜けていく感覚がある。
考え事をしているようで、実は何も考えていない。
ただ前に進んでいるだけ。
それが心地いい。
途中、コンビニで水を買って休憩した。
汗ばんだ身体に、少し強めの日差し。
「ああ、今年もこの季節が来たな」
そんなことを思った。
若い頃みたいに無茶な走り方はもうしない。
距離もペースも、昔よりかなり穏やかになった。
でも、それでいいと思っている。
まとめ|無理しないほうが、長く続く
50代になると、「長く続けられること」の価値が少しずつわかってくる。
速さより、継続。
気合いより、無理しないこと。
結局、そのほうが遠くまで行ける。
昔みたいに限界まで走ることは減った。
でも、季節を感じながら、自分のペースで走る時間は今のほうが好きかもしれない。
今年もまた、自転車の季節が始まった。
安全第一で、無理せず、楽しく。
そんな走り方を続けていけたらと思う。
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