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✦正論で人は動かない ―― 令和の空の下、戸川万吉の「器」を想う

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物語再解釈(Re-Story)

はじめに

会議で正しいことは言った。
数字もロジックも揃っている。

それでも、誰も動かなかった。

——そんな経験、もう何度もあるはずだ。

今の時代、リーダーシップはずいぶんと整った言葉で語られる。
ロジカルシンキング、リスクマネジメント、コンプライアンス。どれも正しい。

けれど、その「正しさ」だけで、人の心は動くだろうか。

ふと、あの男を思い出す。
学ランをなびかせて走っていた、戸川万吉。

男一匹ガキ大将
本宮ひろ志 が描いた、今なら一発アウトになりかねない男。

もし、彼が令和にいたら——そんな少し無茶な想像をしてみる。


01. 画面の向こうの1万人より、目の前の1人

令和の万吉は、おそらくフォロワー数には興味がない。

「画面の中でいくら吠えても、血は通わねえ」

そう言ってスマホをポケットに突っ込み、困っている仲間のところへ走るだろう。

実際、彼はそういう男だった。
理屈より先に体が動く。損得より先に“仲間”が来る。

今のリーダーシップに欠けているのは、この距離感だと思う。

効率の名のもとに、顔の見えない相手を“数”として扱う。
正しさは担保されるが、納得は置き去りになる。

万吉が持っていたのは、説明できないけれど確実に伝わるもの。
「この人のためなら動く」と思わせる、あの体温だ。


02. 「責任は俺が取る」という贅沢

万吉の強さは、腕っぷしだけじゃない。
一番の武器は、その「器」だ。

「俺が責任を取る。だからお前らはやれ」

言葉にすれば簡単だが、これを本気で言える人間はほとんどいない。

今は失敗が許されない。
誰もが傷を負わないように立ち回る。

だからこそ、誰かが前に出て泥を被る価値が、逆に重くなっている。

50代になって分かる。
責任の重さも、守るものの多さも。

それでも、どこかで思っているはずだ。

「この場面、本当は誰かが腹をくくるべきじゃないか」と。

万吉は、いつもそこに立っていた。


03. 50代のぼくたちが、今さら「大将」を求める理由

もちろん、今さら万吉の真似はできない。
無茶もできないし、全部を背負うことも現実的じゃない。

だから、ぼくたちは“調整役”になる。
波風を立てず、丸く収める側に回る。

それは間違っていない。むしろ必要な役割だ。

でも、それだけで終わると、どこかで息苦しくなる。

自分の言葉で語ること。
損得を超えて動くこと。
誰かのために、一歩だけ踏み出すこと。

その小さな「熱」は、まだ消えていない。


おわりに:静かなる「一匹」として

物語の最後、万吉はこう言う。

「ワイの学ラン持ってこい!」

あれは、ただの強がりじゃない。
何度倒れても、何度負けても、「まだ終わっていない」と言い切る覚悟だ。

令和に万吉がいたら、きっと浮くだろう。
孤独にもなる。

でも、その姿に、ぼくたちは救われる。

今のぼくにできるのは、大軍を率いることじゃない。

明日、たった一人でいい。
正論ではなく、その人の側に立つ。

その一歩だけでいい。

もし迷ったら、思い出せばいい。
あの不格好で、どうしようもなくまっすぐな男を。

そして、自分の中で小さく言えばいい。

——「ワイの学ラン、持ってこい」

まだ、やれる。

物語再解釈(Re-Story)シリーズ

・静かに生きるはずだったのに、なぜジョーを思い出すのか ―― 令和版『あしたのジョー』を妄想する

・「必殺技」を失った世界で ―― 令和の空に『リングにかけろ』の閃光を

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