信号待ちで、仕事の顔が落ちた
退社の瞬間
エレベーターを降り、エントランスの鏡の前を通る。
そこに映っているのは、背筋を伸ばし、口角をわずかに上げた「有能そうな50代」の顔だ。
すれ違う他部署の社員に、小さく会釈を送る。
その瞬間の目の細め方、頷きの角度。
すべてが、長年かけて作り上げた精巧な「仕事の顔」だった。
歩き始める
大通りに出ると、帰宅を急ぐ人波に呑み込まれる。
駅へ向かう足取りは、まだ仕事の律動(リズム)を引きずっている。
頭の中では、明日の午前中の段取りが、
カードを並べるように自動的に組み立てられていく。
このまま、この「しっかりとした自分」のまま
家まで帰り着くのだと、疑いもしなかった。
考えが勝手に浮かぶ
大きな交差点に差し掛かったところで、信号が赤に変わった。
立ち止まり、ふと、
街角の閉まったカフェのガラス窓に自分の顔が映った。
街灯の下。
信号が切り替わるのを待つ、数十秒。
前進することを止められた瞬間、
糸が切れたように、顔の筋肉が重力に従って下へと落ちた。
口角が下がり、
頬の肉が弛緩し、
目元から光が消える。
そこに現れたのは、
誰のものでもない、ただの疲れた「個体」だった。
仕事の顔の下に、
こんなにも空っぽな自分が隠れていたのかと、
驚くことさえ、億劫になる。
赤信号の間だけ、
私は「何者か」であることを免除されている。
誰に見られることもない。
誰に評価されることもない。
ただの、無。
青信号が点滅し始める。
周りの人々が動き出す。
私は、落ちたはずの顔を
もう一度拾い上げようとして──やめた。
答えを出さずに終わる
駅の改札が見えてきた。
定期券をかざす音。
階段を上る膝の重さ。
剥がれ落ちた「仕事の顔」は、
もう元の位置には戻らない。
少しだけ顔が重いような。
それでいて、仮面を失って
軽くなったような。
地下鉄の窓に映る自分は、
相変わらず冴えない顔をしている。
それでいいのかどうかは、
まだ考えない。
今日は、そうだった。
それだけ。
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