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💭駅のホームで見送ったもの|50代、独りから始まる物語 第7話

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50代、独りから始まる物語

🚉 朝のホームに立つ

人を見送るときって、
たいてい、自分の中の何かも一緒に見送っている。

その日の僕は、まさにそれをしていた。
目の前の列車よりも、心の奥の“何か”が動いていた。

まだ朝の7時。
駅のホームは、通勤客でゆっくりと満ちていく。
スーツの人、イヤホンをした若者、眠そうな顔の学生。
それぞれが自分の一日を抱えて、どこかへ向かおうとしている。

その中に混じって立つと、
「自分もまた、誰かと同じ時間を生きているんだ」
そんな当たり前のことを思い出す。
それだけで、少しだけ救われる朝もある。


☁ まだ曇り空の下で

空はどんよりと曇っていた。
遠くのビル群がかすんで見える。
だけど、その曇り空が不思議と落ち着く。

昨日までの僕は、晴れを願ってばかりいた。
「何かが変わってくれたら」
「うまくいけば」
そんな言葉ばかりを心の中で繰り返していた。

けれど今は、ただ立っているだけでいいと思えた。
人はずっと晴れの日だけでは生きられない。
曇りの日にも、ちゃんと意味がある。
そう思えるようになったのは、
きっと少しだけ前を向けたからだろう。


🚃 迫ってくる列車の音

ゴォォ……という低い音が近づいてくる。
次の電車がホームに入る合図だ。

風が巻き上がり、スーツの裾が揺れた。
その風の匂いに、懐かしさが混じっている。
――通勤していた頃の朝の匂い。
冷たいホームの風、焦る気持ち、
誰かと同じ電車に乗り込むために急いでいたあの日々。

けれど今の僕は、もうその列車に乗る必要はない。
見送る側として、ただ立っていればいい。

それが少し寂しくもあり、
同時に、不思議と穏やかでもあった。


🕰 過去を見送る時間

列車が滑り込んでくる。
ドアが開き、吐き出されるように人が降りて、
吸い込まれるように人が乗り込む。
その光景を見ながら、
僕の中で静かに何かが終わっていくのを感じた。

「まだ、あの頃の自分が残っているんだな」

電車の窓に映る自分の顔を見たとき、
ふと、そう思った。

頑張っていた頃。
無理して笑っていた頃。
毎朝、自分を奮い立たせて駅に向かっていたあの時期。

あの頃の自分に、もう一度言いたい。
「よく頑張ったな」って。
そして、
「もう行っていいよ」って。

列車のドアが閉まり、
その瞬間、胸の奥で“何か”がスッと軽くなった。


🌤 小さな光

列車がゆっくりと動き出した。
ホームに残った風が、僕のコートを揺らす。
少しだけ目を閉じて、音に耳を傾けた。

ガタン、ゴトン――。
あの規則的な音は、
まるで「次へ行け」と背中を押すリズムのようだった。

遠ざかっていく車体を見つめながら、
僕は心の中で静かに呟いた。

「ありがとう。行ってらっしゃい。」

それは誰かへの言葉ではなく、
かつての自分への、
最後の“別れの挨拶”だったのかもしれない。


🌈 曇り空の隙間に光

列車の音が消え、
ホームには再び静けさが戻ってきた。

ふと見上げると、曇り空の隙間から
淡い陽の光が差し込んでいた。
灰色だった景色が、ほんの少しだけ柔らかく見える。

光はまだ弱いけれど、
確かにそこに“新しい朝”がある。
過去を見送った分だけ、
前に進むための空白ができるのだと思った。

僕は背筋を伸ばして、ゆっくりと歩き出す。
ポケットの中には、もう何も握りしめていない。

これからは――
降りる駅ではなく、進む駅を探していこう。

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💫 まとめ

人は、誰かを見送るたびに、自分の中の“何か”も見送っている。

それは、もう戻らない時間であり、
手放すことでしか前に進めない想いでもある。

けれど、ちゃんと見送ることができたとき、
そこに新しい風が吹く。

その風こそが、次の一歩の合図なのだ。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


🪷 心の四季 ― シリーズ全体の地図

第1〜5話=心の冬(停滞・苦悩)/ 第6〜10話=心の春(癒し・受容・再出発)

この章の位置:第7話=「解放(手放す)

心理の連なり:
停滞 → 苦悩 → 癒し → 受容 → 再出発 → 解放 → 再起 → 受容 → 安心

各話は独立しつつも、全体では「心の冬」から「心の春」へ滑らかに移行する構造です。
自分が今どの季節に近いかを感じながら読むと、物語がより自分ごととして響きます。

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