月に一度の朝
墓参りに行ってきた。
月に一度。
もう5年続いている。
朝、花を買う。
決まった店で、
だいたい同じくらいの値段の、同じくらいの量の花を選ぶ。
季節によって色は少し違う。
春はやわらかく、夏は濃く、冬は静かだ。
花を抱えて歩く朝は、
なぜか少しだけ背筋が伸びる。
自宅から近い。
だから苦ではない。
けれど、続いている理由は
近さだけではない気がしている。
手を合わせる時間
墓の前に立つ。
特別なことは言わない。
長くもない。
ただ、立って、手を合わせる。
風があれば、その音を聞く。
なければ、自分の呼吸だけがある。
5年。
回数にすれば60回ほどだろうか。
大きな変化はない。
けれど、続いている。
帰りの食事

帰り道、少しだけ高い食事をとる。
普段なら選ばない店。
普段なら頼まない一品。
贅沢というより、区切りのようなものだ。
花を選び、
手を合わせ、
温かい料理を口にする。
その流れが、
自然にできあがっている。
ふと浮かぶ問い
今年で5年目になる。
帰り道、ふと思った。
この先、何年続けられるだろうか。
体力は落ちていく。
環境も変わるかもしれない。
今は近いからできている。
それがいつまで可能なのかは分からない。
今月も行けた
でも、考えてみれば、
未来の年数よりも、
今月も行けたという事実のほうが確かだ。
今日も花を買って、
手を合わせて、
帰ってきた。
それでいいのだと思う。
来月のことは、来月考える。
続いているということ
5年続いているというのは、
大きなことではないかもしれない。
けれど、
ぼくの生活のリズムの一部になっている。
月に一度、墓へ行く。
帰りに少しだけ高いものを食べる。
その繰り返しが、
静かに今を支えている。
今日も、無事に帰ってきた。
それだけで、十分だ。
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※この記事の本文は筆者が執筆した実体験・感想をもとにしており、読みやすさ・構成の整理のため、AIによる文章補助を一部使用しています。
内容に関する最終的な責任は筆者にありますが、文脈や表現の一部にAI由来の再構成が含まれる可能性があることをご了承ください。
