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🚶‍♂️退社後、誰にも会わない帰り道 第5話

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退社後、誰にも会わない帰り道

帰り道だけは、誰の評価もなかった

退社の瞬間

期末の面談が終わったあとの、ざらついた空気が肌に残っている。
数字、進捗、今後の課題。
「期待しているよ」という言葉に隠された、これ以上は望めないというニュアンス。

それらをまとめてカバンに詰め、タイムカードを打つ。
エレベーターを降り、外へ一歩踏み出した瞬間、夜風がそれらをすべて剥ぎ取っていった。

歩き始める

駅までの十五分を、わざと遠回りして歩く。
会社にいれば、私は「課長」であり、「ベテラン」であり、給料に見合うパフォーマンスを求められる存在だ。
家に着けば、「親」であり、あるいは「世帯主」という役割に戻る。

どこへ行っても、私は誰かの目に映る「何者か」でいなければならない。
だが、街灯の下で信号を待つこの時間だけは違った。
ここでは、私は誰のものでもない。

考えが勝手に浮かぶ

通り過ぎる車。
閉まりかけた商店。

誰も私の今期の成績を知らない。
私がどんな夢を見て、どんなふうに諦めてきたかも、誰も気にしていない。

評価されないということが、こんなにも体を軽くするとは思わなかった。
何者でもない、ただの五十代の、独りの歩行者。
その事実が、冷たい夜の空気の中で、静かな解放感を連れてくる。

もしこのまま電車に乗らず、どこか遠い街まで歩き続けたら。
そんな子供じみた空想がよぎる。
それでも足は、慣れ親しんだ駅の改札へ向かっている。

私は自由になりたいわけではない。
ただ、この「評価の空白」を、もう少しだけ吸い込んでいたいだけだ。

答えを出さずに終わる

駅ビルの窓に、くたびれたコートを着た自分が映る。
会社の自分でもなく、家の自分でもない。
ただ、そこに立っているだけの人間。

電車がホームに入ってくる。
この車両に乗れば、また別の場所へ運ばれていく。

この短い帰り道だけが、
今日の私の、本当の時間だったのかもしれない。

今日は、そうだった。
それでいい。

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