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💭風呂上がりの一杯に救われた夜|50代、独りから始まる物語 第4話

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50代、独りから始まる物語

🕰️ 一日が、やっと終わった

夜のシャワーの音が、静かな部屋に響いていた。
いつものように、仕事を終えて帰ってきた。
汗と埃を流しながら、今日一日のことを思い返す。

──また、誰かのミスを庇った。
──また、空気を読んで笑ってしまった。
──また、自分の気持ちは飲み込んだままだ。

もう慣れたはずなのに、胸の奥にはいつも小さな棘が残る。
職場は、誰もが我慢して立っている場所だ。
それでも、誰かが崩れると、空気はすぐに変わる。

「大人なんだから」と言い聞かせながらも、
ふとした瞬間に、心が擦り切れていることに気づく。

熱いシャワーを浴びながら、
“このままでいいのか”という問いが頭をよぎった。


🛁 湯気の中で、心をほぐす

風呂の湯を張りながら、
ボイラーの音とともに小さな泡が立っていくのを見ていた。
湯気がゆっくりと天井にのぼり、白く曇っていく。
その様子を眺めているうちに、
少しずつ心のざらつきが消えていくような気がした。

湯船に身を沈める。
耳の奥で自分の心臓の音が聞こえる。
「生きてるんだな」と、ぼんやり思った。

誰かのためじゃなく、
自分のためだけに湯に浸かる。
そんな時間をいつから忘れていたんだろう。

目を閉じると、仕事の雑音が遠ざかっていく。
上司の声も、同僚のため息も、もう聞こえない。
ただ、湯の温もりと自分の呼吸だけがここにある。

ふと、昔のことを思い出した。
若い頃は、風呂なんて面倒だとシャワーで済ませていた。
だけど、50を過ぎた今、湯に浸かるだけで
“まだ生きていける”という小さな勇気が湧いてくる。
体が温まると、不思議と心も動き出す。


🍺 一杯の音が、夜をやわらげた

風呂上がり。
まだ頬が赤く火照っている。
冷蔵庫を開けると、昨日買っておいた缶ビールが一本。
それを取り出して、静かな部屋のテーブルに置いた。

プシュッ。
缶を開けた音が、心に響いた。
たったそれだけの音なのに、
“今日を生き延びた”という実感がじんわり広がる。

一口飲む。
喉を通る冷たさが、体の奥でやさしく溶ける。
その瞬間、思わず小さく笑ってしまった。

「やっぱり、これだな。」

たぶん、誰かに見られたら笑われるだろう。
けれど、いいのだ。
この一杯のために働いているような気さえする。

缶の冷たさを頬に当ててみる。
金属の感触が、どこか安心感をくれる。
この時間だけは、誰の言葉にも縛られない。
誰に気を使うこともない。
自分の呼吸の音さえ、優しく響く。


🌬️ ベランダで風にあたる

缶を片手に、ベランダへ出た。
夜風が肌を撫で、街の明かりが静かに瞬いている。
遠くで電車の音。
近くで風鈴の音。
どちらも、やさしく耳に残る。

街の灯りの中には、
それぞれの一日を終えた人たちがいる。
笑っている人も、泣いている人も、
今この瞬間、きっと誰かが誰かを思っている。

そんな当たり前のことが、
妙に温かく感じられた。

ベランダの手すりにもたれ、空を見上げる。
雲の切れ間から星がひとつ顔を出していた。
都会の夜空で星を見ることなんて、久しぶりだった。
見える星は少ないけれど、
それでも“確かにある”ということが、なぜかうれしかった。


💭 自分に「おつかれ」と言える夜

仕事では、誰にも褒められない。
努力しても報われない日だってある。
それでも、こうして一日を終えられることが、
きっと「生きている証」なんだと思う。

もう若くはない。
だけど、無理に頑張らなくてもいい。
誰かに評価されなくても、
自分で「よくやった」と言える夜があれば、それでいい。

ビールの泡が消えた缶をテーブルに置き、
静かな部屋の灯りを見つめた。
窓の外の風はまだ冷たく、
けれど、心の中は少しだけ温かかった。

ふと、机の端に置いた仕事用の手帳が目に入る。
そこには、やり残したメモや
線を引いたままの「To Do」がいくつも並んでいた。
でも、今日はもういい。
完璧じゃなくてもいい。
少しでも進んでいれば、それで十分だ。

明日のことを考えると、
少しだけ気が重くなる。
けれど、風呂上がりのこの穏やかな時間が
また明日を生きる力に変わっていく気がした。

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🌙 まとめ──小さな儀式が、心を整える

人はみな、誰かに支えられながら生きているようで、
実のところ、自分の中にしか寄りかかれない時間がある。
仕事のストレス、言葉にならない不安、
それらを無理に吐き出すよりも、
ただ一人で湯に浸かり、静かに一杯を味わう──
そんな瞬間が、心をリセットしてくれる。

大きな夢も、派手な成功もいらない。
一日の終わりに「今日もちゃんと生きた」と思えるだけで、
それは十分価値のある夜だ。

若い頃には気づけなかった「休む勇気」。
それこそが、50代になった今の自分が
ようやく手に入れた大人のやすらぎなのかもしれない。

風呂上がりの一杯。
それは、疲れた心を癒すための小さな儀式。
誰にも見せない静かな時間が、
明日へ進む力を静かに育ててくれる。

風呂上がりの一杯に、人生を救われる夜がある。
それは、逃げでも妥協でもなく、
自分を大切にするための、静かな儀式だと思う。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


🪷 心の四季 ― シリーズ全体の地図

第1〜5話=心の冬(停滞・苦悩)/ 第6〜10話=心の春(癒し・受容・再出発)

この章の位置:第4話=「受容(受け入れる)

心理の連なり:
停滞 → 苦悩 → 癒し → 受容 → 再出発 → 解放 → 再起 → 受容 → 安心

各話は独立しつつも、全体では「心の冬」から「心の春」へ滑らかに移行する構造です。
自分が今どの季節に近いかを感じながら読むと、物語がより自分ごととして響きます。

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